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舞台は中国山地の奥深く。終戦後、「食べて行くだけのものは、自分たちでつくる」と、決意した若い夫婦は、“電気も水道も通わない山”を自力で切り開き、暮らし始める。昭和22年から14年間、家族での山暮らしを続けていたが、子供の将来を思って昭和36年に大阪へ。寅夫さんは個人タクシーを営み、子どもたちを育て上げた。
普通なら、その後は静かな余生を……というところだが、この老夫婦は違う。若いころに開拓したあの“山”へ戻って、2人暮らしを始めたのだ。ときに寅夫さん65歳、フサコさん60歳。その年齢で、薪割り/農作業/野草狩りなどを行うのだから驚きだが、結局2人は老いの兆しが見え始めるまで、約23年間もその暮らしを続ける。
2人っきりの山暮らし――。人生の先輩に言うのもなんだが、相当“ラブラブ”でなければできないことだ。そして、2人はとにかく“ラブラブ”だった(笑)。寝室は、山小屋でなく古いバスの車中。改装されており、大きなベットが置かれていた。「よいしょー」と甲高い声でベットに上ろうとするフサコさんを、先に寝ていた寅夫さんが力強く引き上げる姿は、“新婚夫婦のそれ”であり、見ていて「ごちそうさま」といいたくなるシーンである。
“一生添い遂げる”とは
ネタバラシは避けたいが、どうしても言及したいシーンがある。寅夫さんが亡くなった後、三女夫婦とともにフサコさんが再び“山”を訪れるシーンだ。痴呆が進行していたフサコさんは、寅夫さんが亡くなったという事実を理解していない。だから、「なぜここにおじいさんがいないのだろう?」と、良く通る声で山に向かって叫ぶ。「おじいちゃーん」。生前の寅夫さんなら、山から返事を返す場面だ。もちろん、その答えはない。それでも何度も、「おじいちゃーん」と、フサコさんは繰り返す。茶化すわけではないが、リアルな「ペーター!」「ハイジー!」であり、2人にとっての世界の中心で、愛を叫んだ姿だった。感動的なのはもちろんだが、鳥肌が立つような、すさまじいシーンである。
ナレーションを担当した吉岡秀隆は、この作品を“リアル北の国から”と称し、ジブリの高畑勲は、「ただ、すごい、すごい!と叫んでいました」と語り、ドキュメンタリー映画の鬼才・原一男は、「見る者を幸福感に包んでくれる(中略)他に類をみない傑作」という。
寅夫さんとフサコさんが結婚したのは24歳と19歳の頃。ちょうどいまのZ世代と同じだ。いま隣にいる彼氏・彼女とこの映画を見て、愛の行く先を覗いてみるのも悪くない。断言するが、この映画を見て嫌な顔をするようなヤツとは別れよう(笑)。その恋愛に、70年も先があるとは思えないから……。
映画「ふたりの桃源郷」は、国内の各地で順次上映中。詳しい上映日程は公式サイトで確認してほしい。
ふたりの桃源郷
監督: 佐々木聰
製作指揮: 岩田幸雄
企画: 赤尾嘉文
プロデューサー: 久保和成
キャスト: 田中寅夫、田中フサコ、矢田恵子、矢田安政、西川博江ほか
製作著作: 山口放送