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小劇場やライブハウスが集まるサブカルチャーの聖地、下北沢。名物古書店やコアなレコード屋が軒を連ねるこのエリアには、長い歴史を持つディープな酒場も多い。老舗劇場「ザ・スズナリ」が誕生する前からある「鈴なり横丁」も、その1つに挙げられる。

鈴なり横丁へ突入。そこには、ディープながらも懐の深い世界が待っていた。

横丁の創設者にその成り立ちを聞いた後は、やはり現地に行ってみるしかない。もとい、そこで飲んでみてこそ、真の魅力を発見できるはず。・・・というワケで今回は、下北沢全域に飲食店や美容室を展開する「呑もうぜグループ」に連絡。代表取締役社長の山本秀教さん直々に、横丁内で営業中の「Gijido(ギジドー)」と「東京DOME」を案内してもらった。

元・総合格闘家、現・飲食店経営者

とある水曜日。私とカメラマンは、19時半頃に現地へ到着した。横丁の外観&内観は、「ここ、本当に日本なの!?」と疑ってしまうような、日本ともアメリカともつかない無国籍な雰囲気。映画のセットを彷彿させる、アングラな趣に満ちている。

そんな景観に見惚れていると「取材の方ですか?」と、後ろから声をかけられた。振り向く先にいたのは、案内人の山本さん。彼に対する第一印象は、とにかく「デカイ・・・!」ということだ。ご本人の話によると、身長は187cm。以前は総合格闘家として活動していたそうで、確かに体格が素人のソレではない。手持ちの中ジョッキがこんなに小さく見える人に出会う機会は、なかなか珍しいだろう(笑)。アレコレ雑談していたら、いつの間にか時間は20時に。そろそろ店を開けるということで、早速案内をお願いした。

緑に囲まれた安らぎの酒場

最初に招き入れてもらったのは「Gijido」というバー。入り口のドアや、壁を覆う苔と芝のインテリアが目に優しい。店内にはL字型カウンターやグラスホルダーが設置されており、バックバーにはさまざまな銘柄のボトルが並ぶ。照明も暗めで確かにバーなんだけど、緑に囲まれているので、大自然の中にいるような錯覚に陥る。妙に心安らぐ場所だ。ノーチャージで1杯600円からと、財布にも優しい。

我々を出迎えてくれたのは、ボーイッシュなショートヘアが似合う倉垣まどかさん。劇団に所属し、モデルとして活動する傍ら、水曜日のバーテンダーを担当している。セリフを言うようにハキハキした口調の接客が、いかにも役者らしく心地いい。ちなみに同店、店員が毎日変わるのも特長の1つ。ミュージシャンや役者、イラストレーターetc. 日替わりバーテンダーならぬ、“日替わりアーティスト”が切り盛りすることで、文化的交流が盛んな場になっているのだとか。

「鈴なり横丁」に店舗を作った理由は何だろうか。山本さんに尋ねると、「2008年、横丁のすぐ近くに『BUDOKAN』を作ったんですが、1店舗だけだとお客さんが入りきらなくて・・・。もっとお客さんやバーテンダー同士で交流してもらえるよう、横丁に『東京DOME』や『Gijido』をオープンしました」と語ってくれた。

また、近い将来「Gijido」の隣に新店舗を作ることも画策中なのだとか。ミニキッチン設備が整っているため、そこはカレー屋に。夜はグループ店舗への出前もできる。店名は「バッキンガム宮殿」にする予定だという。ゆったり落ち着けて、安く飲めて、カレーも食べられる。このバーの居心地がさらに良くなると思うと、ワクワクが止まらなかった。系列店「ARENA 下北沢」で提供中の“元祖 シモキタカレー”も評判なので、ノウハウは十分。否が応にも、その味に期待が高まるというものだ。

オススメは「シモキタボール」

続いて訪れた「東京DOME」も、日替わりアーティストが切り盛りしているバーだ。赤が基調の内装は、「Gijido」とは趣が異なるポップな印象。こちらもL字型カウンターと豊富なボトルを備えている。入ってみて何より驚いたのは、店内にトイ・プードルがいること。カウンタースツールに座ったまま、我々を人懐っこく出迎えてくれた。

この日のバーテンダーは、現役ペットトリマー・よしのさん。トイ・プードルは彼女の愛犬で、いつも一緒に出勤するそうだ。「連れてくるうちにいつの間にか、水曜日の看板犬になっていました(笑)」と話してくれた。店内を自由に歩き回る岳くん。ときには他の店舗へ遊びに行って、お客さんを連れて戻ることもある。賢いし、おとなしいし、何よりかわいい。常連同士の岳くん争奪戦(?)も、日常茶飯事だ。

山本さんオススメのドリンクは、養命酒にレモンを絞り、炭酸水で割った「シモキタボール」。隠し味は少々のサブカル臭・・・、なのだとか(笑)。「薬酒ベースだから、癖が強いのかな?」と思いきや、ほのかに甘くて後味すっきり。おいしい上に体にも良さそうだ。飲んだ次の日は目覚めが良いと話すお客さんも多いという。

最後に、シリアスな質問を投げかけてみた。都市計画道路(補助54号線)による影響のことだ。横丁内の店舗も、いつか立ち退きを迫られることがあるかもしれない。それについて山本さんは、「何とも思ってないですよ」と、ひと言。「もしこの場所がなくなっても、また同じようにやります。今から力を蓄えておけば、必ず次の店は出せるんだし。“店がないから解散!”という形には絶対しません。世界遺産登録して、横丁を残していきたいとも思いますけどね(笑)」と続けた。下北沢全域に店舗を持つグループの長らしい、力強い回答といえよう。“呑もうぜ!”を合言葉に、これからも事業を拡大するとも話していた。

ディープに見えて、懐深い酒場

一見ディープで入りにくそうな「鈴なり横丁」。しかしその実、どんな人でも受け入れてくれる懐の深さが、この場所の魅力だ。今回取材した「Gijido」&「東京DOME」の客層は、老若男女を問わずさまざま。他愛もないトピックから文化的なトピックまで、気軽に話せる心地よい“ユルさ”がある。もしかすると、本多一夫さんが初めてオープンしたトリスバーも、こんな雰囲気だったのかも。女性がバーテンダーをしていることも共通している。というか、これこそが下北沢の流行り酒場に受け継がれる伝統なのだろうか。・・・そんなことを考えながら飲む「シモキタボール」の味は格別だった。チョイと1杯からのはしご酒も楽しい「鈴なり横丁」。怖がらずに、ぜひ足を運んでみてほしい。

TOKYO DEEP SPOT 下北沢・鈴なり横丁 <前編>

PHOTOGRAPHER
YOSHIFUMI SHIMIZU