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渋谷駅から徒歩7、8分。玉川通りを挟んでセルリアンタワーの向かいに位置する雑居ビルの2F。そこに「はすとばら」という店がある。
耽美な内装の店内にはDJブースもあり、常に様々なイベントが開催されている。カフェ? レストラン? バー? どれも適切でなく、決まった括りで呼ぶのは難しいが、あえて端的に語れば、「GYUさんの店」と呼べるだろう。

東京芸大で油画/現代美術を専攻していた、オーナーのGYUさん。彼は、懐深くユニークで、とにかく元気だ。そして、この場所を「GYUさんの店」たらしめているものがある。それが、彼の作る“ごはん”。
洋でも和でもなく、古くも新しくもある彼のフードは、とにかく個性的。誤解を恐れずに言えば、食べると“瞳孔が開く味”である。どうしたら、このような料理を作れるのか興味が沸き、GYUさんに自身のバックグラウンドを尋ねてみた。

料理は“現在の瞬間”に現れるもの

若い頃、“ミニマリズム”、“ミニマルアート”に傾倒していたGYUさん。さまざまな場所で、小麦粉/水/すす/家具/身体/音etc. と、さまざまな”素材”をその場で組みあわせて創り出す、即興的な表現を繰り広げていた。現在の「料理」と通ずるエピソードだ。
そんな若きGYUさんが、友人に誘われて足を踏み入れたのは、クラブの世界。「ゲイ、レズビアン、モデル、音楽家……。いろいろな表現者たちが競いあい、アピールしながら遊んでいる世界はカルチャーショックでした。すぐ店員になろうと決めまして」とのこと。即決、即断、感性の人である。
クラブの世界でも、下っ端仕事の1つに賄い作りがある。すると、彼の料理はスタッフから評判を得ることに。
「そこで初めて、料理って楽しいなぁと。僕も、皆が食べたことないようなメニューや味付けを試してみたりして」

その後、自然食品店、ウズベキスタンなどの羊肉料理店、割烹料理店、イタリアン、タイ・ベトナム・インドネシア料理店など、さまざまな現場を経験した後、「イミグランツカフェ」という店で料理長兼マネージャーを務める。かつて青山にあった、レストランかつイベント・クラブスペースで、多くのクリエイティブな人たちを魅了した店だ。同店の閉店後、自分の店である「はすとばら」をオープンする。

そんな彼を、人はフードアーティストと呼ぶが、当の本人は料理を決して作品と呼ばない。
「僕の中でお料理は、その日その日のお献立を、皆さんに提案して食べて頂くもの。それにつきる、有り難い行為でございます」
一方で、こんな言葉も残す。
「料理は再生するものでなく、今、現在の瞬間に現れる物である」

彼の料理にレシピはない。即興でその場の表現を突き詰めていた前衛芸術家・GYUさんの実感として言えば、レシピ通りに作ったとしても、違う時間に違う空気で作れば、それは”違う料理”になるからだ。
「再生されて見えるのは、全て全く違うものなんです。似て見えたり、同じに感じたりするだけ。だから僕は、体の中にある感覚のレシピを使って、一品一品に集中し、料理をしています。毎回仕入れた素材と向き合って、自分が楽しめる方向に進めてみるんです」

その結果が、その日の献立になる。予め作るものを決めて、素材を仕入れているわけではないからこそ、何度足を運んでも、新鮮な驚きの料理と出会えるのだと合点がいった。
GYUさんの店、「はすとばら」は本当に多面的な魅力、顔を持つ店で、週末はさまざまなイベントが行われている。基本的にGYUさんの料理を楽しめるのは、通常営業の時間帯だけだが、この8月から月イチで「道玄坂はすとばら」というコース料理の月替わりイベントが開催されるとのこと。
彼の料理を一度食べてみたいという人は、公式サイトやフェイスブックページで、スケジュールを確認してほしい。

GYU(ギュウ)

1967年神奈川県鎌倉市生まれ。東京芸大在学中から、様々な場所でミニマリズムに影響されたインスタレーションを披露。現在も活動を続けている。20代半ばから料理の世界に足を踏み入れ、数々の店で下積みを経た後、2006年10月に自身の店「はすとばら」をオープン。
今年、10周年という記念すべき年を迎える。

REPORTER

r.c.o.inc.代表。好きな食べ物はナン。好きな女性は飯島愛。好きな言語はJavascript。座右の銘は「もうしょうがない人ねぇ」。

PHOTOGRAPHER
KAZUMI MIWA&MITSUHIRO MORITA