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家を建てるときに重視する要素は? 一般的にいうと、それは家族と暮らすための快適さだろう。しかし、仮に家族がいなかったら? 自分の趣味にすべてを注いだ家を建てられるとしたら? 東京郊外に、その実験結果ともいえる家がある。
一番いい音を感じられるのは、フロア(リビング)でなくDJブース
コンピューター開発者のKは、40歳という節目を迎え、家を建てることにした。彼は独身で、趣味は音楽だ。DJもする。「いい音楽を最高の音で聴ける家を建てたい」と考えた彼は、ブルーノート東京に採用されているTaguchiのフラットスピーカーと、そのスピーカーで“濡れる音空間”を作る建築家・鶴田伸介に、思いを託した。
そうして丘の上に建てられた彼の家は、外観からしてスピーカーのようである。2階建ての3LDK。1Fには寝室と小さな部屋、吹き抜けのリビングダイニング+キッチン。2Fにはトイレとバスルーム、そして“DJラウンジ”が設けられた。
竣工後も、Kは家具を極力増やさない。ベッドもダイニングテーブルも置かず、DJブースの下に布団を敷いて、毎日寝起きしているそうだ。なぜならそこが一番音の良い場所だからである。このエッジィな家を設計した鶴田伸介に、構造を聞いた。
「湾曲した壁の水平面、そこから割り出された円弧の中心に、DJブースを設けました。この壁面は、球状の3次曲面でなく、楕円を少しずらしたような特殊形状。この内側にマウントしたスピーカーからの音、その反射音が1点に集中してフラットすることを防ぎ、DJブース方向へ拡散する効果を生み出します。また、スピーカー背後に広がる音を拾い、室内全体に伝える効果も得られるのです。開放的な景色を取り込む広い窓ガラスは、音に悪影響を与えないよう、少し角度をつけました。音響的に非対称を作るためです」
フロアの音環境を一番大切にしているクラブと異なり、この家はDJブースで聴いた時に一番良い“鳴り”が生まれるよう、設計されているわけだ。
生活空間で“濡れる音”を楽しめる鶴田の“音楽建築”
鶴田はこの家を「KATAOKA GALAXY」と命名した。DJブースがコックピットの宇宙船というイメージだ。音の波に乗り、旅立つ進路を決める船長=DJが、気持ちよく音に酔うためだけに作られたこの家は、鶴田による“音楽建築”の8棟目にあたる。
「僕からすると、ここまで映像機器が進化している状況で何千万も出して家を建てるのに、音にこだわらないのは馬鹿げた話。防音室を作ってPAに拘ればいいという考え方もありますが、そうではなく、生活空間全体をいい音、“濡れる音”にすべきです。いまの技術なら、振動特性や反射特性を考えた建物にきちんと適切なスピーカーを配置することで、爆音を出さなくても解像度の高いスピーカーで音を心地よく楽しめる。この新しい現実を多くの“音好き”に知ってもらいたいですね」
一言で「快適な住まい」といっても、その定義は人それぞれ。人生は楽しんだもの勝ちだ。DJブースの下で布団を敷いて寝起きするKは、間違いなく人生を楽しんでいる。
鶴田伸介
1967年愛知県生まれ。熊工房 代表。日本大学理工学部海洋建築工学科 非常勤講師。多摩美術大学を卒業後、設計事務所勤務を経て、1999年に独立。2010年には、音楽建築の5棟目にあたる熊参拾号「音楽ホールのある家」で、「住まいの環境デザインアワード2010奨励賞」「東京建築賞 戸建住宅部門 優秀賞」を受賞。2013年には、田口音響研究所 代表・田口和典、サウンドエンジニアの藤田猛と共同で、ブルーノート東京のバー「Backyard」、カフェ&エピスリー 「cafe 104.5」にて音響設計を担当するなど、音に造詣が深い建築家として知られる。
PHOTOGRAPHER
SATOSHI ASAKAWA