この記事の初出はウェブメディア「Z TOKYO(2019年1月にサイト運営終了)」です。同メディア運営会社からの権利譲渡及び取材元からの掲載許諾を受けて当サイトに転載しています。

小宮山雄飛氏も虜になっているカレーの底知れぬ魅力を探るため、まず注目した“間借りカレー”。提供するカレーだけでなく店のスタイルや働き方の幅も広がりを見せている。「Spice Hut(スパイスハット)」で店長を勤める小林二郎さんに続き、今回は「and CURRY(アンドカリー)」で“流しのカレー屋”として活躍する阿部由希奈さんに話を伺う。間借りスタイルはすでに進化を遂げている。

「Spice Hut」小林二郎さんへのインタビューはこちら
カレー愛がほとばしる、魅惑の間借り&流しのカレー

オルタナティヴな創作カレーを表現する流しの女性料理人

“流しのカレー屋”として「and CURRY」の名で活動中の阿部さん。固定の間借り先を持たず、飲食店やイベント会場、クッキングスタジオなど、さまざまな場所でオルタナティヴな創作カレーを提供している。

――阿部さんがカレーにどっぷりハマったきっかけは何ですか?

渋谷の「NEPALICO(ネパリコ)」というネパール料理店で、いわゆるカレー定食的な「ダルバート」に出会ったのがきっかけです。 カレーやダール、アチャールなどを“混ぜて食べる”という体験が面白くて、一気にハマりました。当時は近所に勤めていたので、たぶん週3日ぐらい通っていましたね(笑)。

――その影響で、カレーを自作するようになったのですか?

実は、その前段階がありました。「NEPALICO」のおかげでカレーの魅力に目覚めていろいろお店を巡るうちに、「オシャレなカレー屋さん、結構あるじゃん!」と気付いたんです。そこで、“女子会向き”なカレー屋さんを探して紹介するFacebookページを、2015年に立ち上げました。次第に“カレー作ってみた!”的なレシピ記事もアップするようになり、スパイスカレーの世界に興味を持つようになったんです。

――もともと料理を作るのがお好きでしたか?

それが、昔は味噌汁も作れませんでした。出汁のとり方を知らず、味噌をず~っとお湯に溶かし続けちゃうような料理下手で……(笑)。そんな私を変えてくれたのが、水野仁輔さんが出版された「カレーの教科書」(NHK出版)。毎晩、本を抱いて寝るくらいお気に入りでしたね。あと、「東京スパイス番長のスパイスカレー」(主婦と生活社)という本に載っているレシピは全部作りました。その過程で、スパイスや食材のベストな組み合わせや、基本的な考え方を頭に入れることができました。

――カレーを人に振る舞うようになったきっかけについて教えてください。

きっかけはFacebookページでしたね。「天風」という渋谷にあるたこ焼き屋さんのおっちゃん(店主)が記事を見てくれて、「そんなにカレーが好きなら、うちの営業時間外にカレーを出してみれば?」と声をかけてくださったんです。でも、当時は会社勤めで自由になる時間が少なかったので、月1回日曜日の間借り営業から始めることにしました。

間借りでの活動を支えたのはInstagram

――「間借りカレー」時代もあったんですね。当時はどんなカレーを提供していましたか?

最初のうちは見よう見まねでカレーを作っていたんですが、少しずつ自分なりのアイデアを加えて、独創的なカレーを作れるよう努力しました。例えば、「タラとタラコの親子カレー」とか。親子丼みたいなカレーが作りたかったんですけど、「鶏肉と玉子じゃベタすぎるかな?」と思って(笑)。あとは、“担々麺とポークビンダルの出会い”を妄想して、「黒胡麻ポークビンダル」を作ったり、ココナッツミルクを使わない「キレッキレのエビカレー」を作ったりしましたね。テーマを決めてから作り始めるスタイルは、この時に確立したものです。

立夏のミートボールカレーwithピスタチオ
クリーミー栗キーマ
すいかキーマ

――間借り営業時の反響についても教えてください。

始めたばかりの頃の来客は、ほとんどが友人。たま~に通りすがりの人が来てくれる……という感じでした。でも、創作カレーを出すようになってから、カレー好きの方がInstagram経由でお店を見つけてくれるようになったんです。それからは、数珠繋ぎみたいな形で来客が増えていきました。もし、Instagramがなければ、今のように活動できていなかったかもしれません。

他に例を見ない“流しのカレー屋”とは

――流しのカレー屋というスタイルを選んだ理由は何ですか?

2017年の1月から4月まで、下北沢にある「カレーの惑星」で、毎週金土日にシェフを担当させていただき、自分には店舗経営が向いていないと感じたことが理由です。というのも、お花見シーズンのとある営業日に、お客さんが全然来なくって。そりゃ皆さん、お花見をされているから当然なんですけど、それならその会場に「カレーを持っていきたい!」と思ったんですよ(笑)。そんな気付きから、いろいろな場所でカレーを提供する流しの料理人を目指すようになりました。

――流しのカレー屋を始めてみて、どんなメリットやデメリットがあると感じましたか?

メリットは、いろいろな場所でたくさんの人と出会えるところです。また、借りるお店やイベントのコンセプトに合わせてレシピを組み立てられるところに、やりがいを感じます。例えば、「大泉工場NISHIAZABU」というコンブチャ専門店とコラボした時は、ヴィーガン向けの食材やオーガニックスパイスだけを使ってカレーを作りました。お客さんや店舗の方に喜んでもらえて、コラボの宣伝効果を実感できるとやっぱり嬉しいですね。デメリットに関しては間借りでも同じですが、大量の荷物を持ち運ばないといけないところかな。食器やカトラリーに加えて、炊飯器を持ち込んだこともあります。当日に忘れ物をしないか心配で、イベント前日はうなされることもあるくらいです(笑)。

食の枠を超えたコンテンツになり得る、カレーが持つ可能性

――阿部さんが目指すオルタナティヴカレーの定義は何ですか?また、「and CURRY」という名前の由来を教えてください。

日本は、海外の文化を取り入れるのが上手い国。それはカレーでも同じです。だから私は、しきたりや文化にとらわれず、自由な発想で独創的なものを作りたい。それこそが“オルタナティヴカレー”だと思っています。「and CURRY」という名前も、カレーは何とでも組み合わせられる、万能な存在だと感じて名付けたものです。“ジビエ&カレー”とか、“地域活性&カレー”とか、“食育&カレー”とか。食材に限らず社会的な概念ともマッチして、面白いコンテンツになり得る存在だと、私は考えています。「and CURRY」として活動する中で、そういった広がりを表現していきたいです。

――これからの目標や、カレーを通じて実現したいことは何ですか?

日本のスパイスカレーが面白いことを、世の中に広めていきたいと思います。ルーだけでなく、スパイスを使ったカレー作りがもっともっと一般的になったら面白いですよね。同じ食材を使っても、スパイスの調合次第で全然違うものが作れますし、なんだか実験みたいで、お子さんにも喜んでもらえると思います。ルーから作るより、使う油や調味料などの量や質が分かりやすいので、食に対する意識もきっと高まるはずです。カレーを通じて食事を見直してもらえたら嬉しいな。スパイスから作ると、楽しいしおいしいですよ。

カレー界に波及するニューウェーブ。そのシーンには当然、コミュニティも存在する。 今回取材した二人も知人同士で、互いに切磋琢磨しながら、新しいスタイルのカレーを創作していた

多様化の進む間借りカレー。今回取材した二人とも、人からの誘いで間借りの世界へ飛び込んでいるのが興味深い。ほとばしる愛情を向けられる対象があるなら、それを大いに発信すれば、道が拓ける時代なのかも。イベントやSNSを通じた人と人との繋がりから、これからも新たな名店が生まれていくのだろう。次回は、間借り営業を経て実店舗に昇格した「SANRASA」を訪問。店主の有澤まりこさんに話を聞いてみよう。

「SANRASA」有澤まりこさんへのインタビューはこちら
「間借り」か「流し」か「独立」か。間借りカレーが示す働き方の多様性

【記事に登場した店】

PHOTOGRAPHER
NISHIOKA TAKAHARU