この記事の初出はウェブメディア「Z TOKYO(2019年1月にサイト運営終了)」です。同メディア運営会社からの権利譲渡及び取材元からの掲載許諾を受けて当サイトに転載しています。
小宮山雄飛氏のカレー哲学に触れ、感じたことがある。
「カレーは奥が深い」
何事も突き詰めると奥が深いものではあるが、ルーツははるか遠く、単純に料理としてだけでなくカルチャーとも繋がり人々を魅了するカレーには、特別な何かが隠されているのではないだろうか。目が覚めるような刺激的なカレーの魅力に触れるため、カレーにまつわるあれこれを取材していくことにする。
なぜ“間借りカレー”が人気なのか
まずは、近年にわかに話題になっている“間借りカレー”について。人気店を生み出す新たな業態として、カレー好きの間ではひとつのムーブメントになっている。その名の通り、夜間営業するバーなどの空き時間にスペースを“間借り”して、カレーを提供する営業スタイルだ。効率的に店舗を使えることから、大阪を中心に火がついたもので、“ヤドカリ(宿借り)カレー”と呼ばれることもある。
実店舗が存在しないとなると、「片手間なんじゃ?」「本当においしいの?」などと勘繰る人がいるかもしれないが、侮ることなかれ。提供されるカレーは、その道を追求するマニアたちが腕によりをかけた、珠玉の逸品揃いだ。日本風からスリランカ風、南インド風、はたまた創作カレーまで、得意とするジャンルは店によって千差万別。カレーが多様性の食文化であることの証明だと言える。研鑽を重ねた一皿を、自己表現としてSNSにアップできるようになった環境も、間借り店増加に拍車をかけているのだろう。
知名度を上げれば、独立店舗を構える足掛かりにもなる。間借りから昇格した店として挙げられるのは、千歳船橋の「Kalpasi(カルパシ)」や東新宿の「SANRASA(サンラサー)」など。どちらも南インドカレーをルーツに独自のスタイルを確立しており、メディアに取り上げられる機会も多い人気店となった。
間借りカレーはカレー界の“登竜門”
こうした実例から、間借りカレーという業態はカレー界における“登竜門”的な位置づけになっているとも解釈できるだろう。一方、固定の間借り先を持たず、様々な飲食店やイベント会場などでカレーを振る舞う“流しのカレー屋”なるスタイルも登場している。業態の多様化は、日本にも浸透しつつあるシェアリング・エコノミーの影響でもあるのだろうか。カレー作りの修行法や、営業スタイルを選んだ理由、そのメリットやデメリットも気になるポイントだ。
というわけで今回は、新たなスタイルで活躍するカレー職人たちの実態を探るべく、昨年11月から新宿二丁目のアート&ミュージックバー「bar星男」で間借り営業中の「Spidce Hut(スパイスハット)」店長を勤める小林二郎さんと、「and CURRY(アンドカリー)」の名前で流しのカレー屋として活躍中の阿部由希奈さんに話を聞いた。一般的なスタンドカレー店や定食屋などとはひと味違う、間借り店ならではのディープな雰囲気にもぜひ注目してもらいたい。
アートなMIXバーがカレー屋に
新宿二丁目仲通りを靖国通り側に向かって抜ける手前、右手の路地に位置する「bar星男」バーのイメージキャラクター“星男くん”のデザインはイラストレーター・宇野亜喜良氏が手掛けたものだ。建物正面には、フランスのグラフィティライター・LAZOO氏によるペイントが施されている。絵柄から見て取れるように、宇野氏へのリスペクトが込められたオマージュ作品である。
店内は、5~6人が座れそうな木製カウンターと座敷席があり、こぢんまりとしたサイズ感。さまざまな言葉が書かれたピンク色の紙が壁一面に飾られており、かなり異様な雰囲気を醸し出していた。
よくよく文字を読んでみると「欲の一致」「いつでも新宿のラブホテルに入れる自由」「セックスの一本化」などなど、その内容はエロティックでキワドイものばかり……。カレー屋を訪れたことを、一瞬忘れそうになる。「人をいい人にさせる人」「気を遣わないで下さいねと気を遣う」といった、自分を省みる機会になる言葉も多く、取材を忘れてついつい見入ってしまった。「bar星男」では、さまざまなアーティストによる展示が毎月開催されており、壁一面の言葉はアーティストのときたま氏による作品だ。今回の展示は、1993年からハガキに印刷&発行してきた言葉を一挙に集めたものだという。一般的なカレー屋にはない、予期せぬ驚きや発見がある点も、間借り店を訪れる醍醐味と言えそうだ。
元・有名セレクトショップバイヤーが作るカレーとは
インパクトの強い外観・内観に気を取られてしまったが、今回取材するのはここを間借り営業している「Spidce Hut」。話を伺うのは小林さん。現在、「bar星男」に加えて品川区大井町のイタリアンバル「Bar Harvest(ハーベスト)」でも、間借りカレーのランチタイム営業を行っている。
――何がきっかけで、カレーに興味を持つようになりましたか?
10代後半の頃、原宿の「ギー(GHEE)」というカレー屋さんに行ったことです。アパレル関係の方やモデルさん、DJが集う場所で、内装も超オシャレ。何もかもがスタイリッシュに感じました。インドカレーからの派生でありながら、日本米に合わせて仕上げられた味にとても感動した記憶があります。日本におけるスパイスカレーの原型とも言えるかもしれません。当時は原宿で働いていたので、お店を訪れる機会も多くて、店員さんたちにも仲良くしていただきました。
――間借り店オープン以前のお仕事についても聞かせてください。
学生時代も含めると、25年以上アパレル業界に勤めていました。10代の頃、原宿にあったセレクトショップ「MADE IN WORLD(メイド・イン・ワールド)」※の社長と知り合ったことがきっかけで、仕事を手伝うことになったんです。展示会やセールの準備から、出張の荷物持ちまで、いろいろやりましたね。海外住まいへの憧れもあり、その後は買い付けをサポートすることに。その後もバイヤーを続け、アメリカや日本のストリートブランドを取り扱う渋谷店と、ヨーロッパのデザイナーズブランドなどが中心の原宿店、その両方を担当していました。
※ 渋谷と原宿に店舗を構えていたセレクトショップ。1990年代後半~2000年代にかけて一世を風靡した裏原系ムーブメントを支える。2015年に閉店
人との繋がりがオープンのきっかけに
――アパレル業界での経験が、今に活きていると感じることは何ですか?
買い付けのために海外を訪れる機会が多く、世界中の料理を食べ歩けたことですね。キャリアが長くなるにつれてアメリカやメキシコへ行く機会が増えて、独特なスパイス使いのメキシコ料理やアメリカ南部の料理を研究するようになりました。現地で調達した調味料で、その味を再現することにもハマってたかな。スパイスを集めていたので、カレー作りに没頭したのも自然な流れでした。そのうち、自社のパーティーや、ランチミーティングなどのイベントで、カレーを振る舞うように。それを続けていたら、「うちでもやってよ」とお誘いをいただく機会が増えてきたんです。
――なぜ、間借りという形で店舗をオープンしたのでしょうか?
当初、間借り営業を始めようという意識はありませんでした。純粋に「おいしいカレーを作れるようになりたいな」と思いつつ、いろいろな場所へ出張していたら、「Bar Harvest」のオーナーさんが「うちで作らない?」と誘ってくれたんです。カレーを提供する手段として間借りを選んだワケではなく、“出会い”がきっかけで今の形になっているのだと思います。「bar星男」のオーナーさんとは、彼がファッションモデルとして活動していた10年ほど前から知り合いで、共通の友人をきっかけに間借り営業を依頼していただいた形です。最初は金曜日のみの営業でしたが、互いに信頼関係を築く中で、火曜日から金曜日まで週4日間営業させていただけるようになりました。
――店名は、オープンに合わせて命名されたものですか? その由来についても教えてください。
大井町で店をオープンする前、神奈川県三浦郡の森戸海岸でカレーを提供したことがあって、名付けたのはその時ですね。お邪魔した海の家がDIYスタイルの小屋みたいな雰囲気だったので、“Spice Hut=スパイスの小屋”と命名しました。ロゴは、自作して知人のデザイナーにブラッシュアップしてもらったものです。長年アパレル業界に勤めていたこともあり、ビジュアルイメージは重要だと考えています。
――提供しているカレーの特長や、こだわりのポイントは何ですか?
カレー2種のうち1種を週替わりにしていることもあって、「旬の食材を上手に使えないかな?」といつも考えています。……と言いつつ、今週は「ラムとじゃがいものキーマカレー」なので、旬はあまり関係ないですね(笑)。レギュラーメニューの「レモン香るチキンカレー」は、“二日酔いでもサラッと食べられるカレー”がテーマ。レモンピールをトッピングして、柑橘の香りが鼻を抜けるようにしています。私は胃腸があまり強くないんですが、カレーもお酒も大好き。軽さがありつつクセになり、「また食べたい!」と思ってもらえるカレーを目指しています。
間借りだからこその覚悟
――間借り店を開業してみて、どんなメリットとデメリットがあると感じましたか?
やはり、安い初期投資でリスクを減らせるのが大きなメリットですね。バー営業の常連さんや展示中の方がカレーを食べに来てくださるし、面白い話を聞かせていただける機会も多いと感じます。デメリットとして挙げられるのは、これ一本で生活していくのが難しい点でしょうか。マルチワークが前提になるし、開業にあたって覚悟は必要だと思います。仕込みにも時間がかかりますし、月曜日の昼と土曜日の夕方以外は働いている状況です。
――これから挑戦してみたいことや、野望はありますか? ……例えば、独立とか。
もともと間借りのことすら考えていなかったので、“自分の城を構える”ということはあまり意識していません。このまま営業を続ければ、何か次の展開が見えてくるんじゃないかな……と。チャンスがあれば、これまでと同じようにチャレンジしていきたいと思います。例えば、安価な物件を居抜きで借りて、“キッチン基地”にするのも面白いかもしれません。そこでカレーを作って、いろいろな場所で売ったしたり、週末はバーとして営業したり。そんなイメージを持ちつつ、可能性を一つに絞らないで、フレキシブルに活動していきたいと思っています。
金銭的な負担が少ないことはもちろん、自身の店舗ではない故の刺激がある“間借り”という新しいスタイルは、「おいしいカレーを作れるようになりたい」というカレーへの純粋で熱い思いを体現する絶好のチャンスになっている。一方で日々の営業は制約があり、開店への覚悟は店舗型と変わらぬものが必要になるようでもあるが、働き方やモノの価値の多様化が進む社会の流れの中において、“間借り”というスタイルもより柔軟に変容していくのではないだろうか。“流しのカレー屋”はそのひとつだろう。続いては、固定の場所を持たない「and CURRY」の阿部由希奈さんの活動に迫ってみる。
「and CURRY」阿部由希奈さんへのインタビューはこちら
間借りカレーは進化する。SNSから広がった“流しのカレー屋”
PHOTOGRAPHER
NISHIOKA TAKAHARU