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刀を擬人化したオンラインゲーム「刀剣乱舞」のヒットを背景に、昨年から“日本刀”ブームが続いている。刀の何が、現代を生きる私たちを魅了するのか……とも思うが、その考え方自体が誤りなのかもしれない。廃刀令が出されたのは1876年(明治9年)のことで、たった140年前の話だ。日本刀約1000年の歴史から言えば、つい最近のことである。刀を美の対象にしたり、お守りにしようとしたりするのは、“日本人の感性”としてごく当たり前のものなのだろう。
その求めに呼応するかのように、刀匠たちは今日も刀を鍛え続けている。東京から車で2時間弱。埼玉県美里町に「晶平鍛刀道場」を開く刀鍛冶・川崎 晶平(かわさき あきひら、以降・晶平)もまた、その一人だ。
大切なのは"こだわらないこと"
「見えないところに良い仕事をする」という師の言葉を、いつも大切にしているという晶平。なぜ、この職へ身を投じたのか、その原点を聞いてみた。
「大きなきっかけは、学生時代に東京国立博物館で拝見した“城和泉守正宗”の号がある国宝指定の正宗の刀。その美しさに出会ってしまったことですね」
大学を卒業後、宮入小左衛門行平に入門。一番弟子として修行を重ね、5年後に新作刀展覧会で優秀賞・新人賞を受賞。2003年に前述した鍛刀道場を開設・独立すると、同展で特賞・文化庁長官賞受賞。以降多数の特賞を獲得する。現在は全日本刀匠会常務理事も務める、“平成の名工”だ。
晶平の日本刀づくりは、江戸中期以前の古鉄や古銑を卸鉄(オロシガネ)にして和鋼を造ることから始まる。その和鋼を約1300度まで加熱して沸かし、叩いては縦・横に鏨を入れて折り返し、また沸かして鍛えることを繰り返す“折り返し鍛錬”や刀に魂を吹き込む“焼き入れ”……など、多くの工程を経て形作られる刀。研師、白銀師、鞘師などの手を経て作品が仕上がるのにかかる期間は、半年から1年ほど。肉体と精神を鍛え、研ぎ澄まされた状態で繊細な技術を一つひとつの仕事に投じた結果が、美しく勇壮な1本の刀となる。
彼に仕事へのこだわりを聞くと、「大切なのは“こだわらない”こと」だと答えてくれた。
「“こだわる”とは、心がそこに居着いて、柔軟性を失う事です。良い刀を作るには刀以外の沢山の良いものを観ることが大事。絵画、演劇、映画……。なんでも良いと思いますが、最高のものに触れていたいです」
反り、鋒(きっさき)、地鉄に刃紋。専門用語も多く、素人にはどうしても敷居が高く感じられる日本刀の鑑賞。しかし、もしあなたが良いデザインを、良い音楽を、良いクリエイティブを生み出したいと願うなら……。こだわりを捨てて素直な気持ちで、彼が鍛えた“最高の日本刀”と出会う機会を作ってみてはいかがだろうか。
長野県坂城町「鉄の展示館」で6月18日~8月21日まで行われる「第7回 新作日本刀・研磨・外装・刀職技術展覧会」には、晶平作の日本刀が展示されるとのこと。また、例年1月1日~中旬までの期間に靖国神社遊就館1階企画展示室で行われる、「奉納 新春刀剣展」でも、彼の作品に出会えるそうだ。もちろん来年も展示予定とのことなので、東京での貴重な機会をお見逃しなく。
川崎 晶平(かわさき あきひら)
1968年大分県生まれ。全日本刀匠会常務理事、同会関東 支部長。明治大学卒業後、長野県坂城町の宮入小左衛門行平師の下で一番弟子として修行。2003年、埼玉県美里町に「晶平鍛刀道場」を開設して以降は、同道場で日々作刀に勤しんでいる。2010年から行われている公益財団法人・日本刀文化振興協会主催の「新作日本刀・刀職技術展覧会」では、特賞一席・経済産業大臣賞を3度にわたって受賞。双葉社「小説推理」にて、2016年5月から隔月掲載のエッセイ、「テノウチ、ムネノウチ」の連載を開始。